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■はだかで産まれ、ハダカであの世へ(何も持ってはいけない)

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 考えてみれば、あの世へはなんにも持ってはいけない。お金も、土地家屋も、勲章も、名誉も、名声も関係なし。財産の持参は許されない。持っていこうにも運びようがない。

 

では何を持っていけるのか。

 

 芥川龍之介の小説(蜘蛛の糸)の中に、罪人が地獄でうごめく中、この世でたった一つ、虫けらを踏みつぶさなかった善行を仏様が知っていて、天国の雲のすき間から仏さまが、蜘蛛の糸をたらし、その罪人を救う場面がある。

 

 その罪人はここぞとばかり、この糸にすがり天国をめざす。

ここまでは良かったが、場所は血の海の地獄、罪人の群れが後に続き糸はプッツン。

全員地獄へ真っ逆さま・・・たしかこんな小説であったと思う。

 

 小説ではあるが、天上の仏さまはすべて見ているところが面白い。ただ、天国には自分はなにも持ってはいけないけど、後の残すものは、あまた在る。

 

 それはモノより生きざま、その精神に尽きる。いつもこう言っていた。そんなに裕福ではないのに学校を出させてくれた。

躾には厳しかったが、無口ながら暖かかった。つまり後に残るものが莫大なのだ。

 

 これは取り巻く人によって代々繋がっていく。

 

 これは偉大なことであり、当たり前の循環でもある。せっせと築き上げた人生の集積は、持っていくモノは何もなく、その人の生きざまだけが財産なのである。

 

 この循環がもっとも大切と思っている。

 

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■ペットボトル・ラベルはいらない 大賛成

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 環境問題に対する関心がにわかに高まりを見せている。それもその筈、温暖化にしても今回のコロナ危機を招いたのは「環境劣化」ともいわれている。

 

 そんな折、お茶のボトルのあのラベル、今後は貼り付けないと報道された。

今まで気が付かなかったが(それでいいのでは・・・)と納得した。

 

 あのラベル、貼り付けるのも剥がすのも一苦労、手数とコストがかかっている。

無くても特に不便はない。今後は原材料等を箱(段ボールに表示)に印刷するとか。

 

 もっと他にもたくさんある。食品など過剰とも思える包装があり、きらびやかなケース、いかにも高級感を醸し出す包装。考えものだ。

 

 それより、もっとも無駄を生み出す「食料廃棄」。これこそ生活をあらためる要素がたくさんある。

スーパーでの買い物は、少しでも賞味期限の長いものを選びとる。以前にも書いた「賞味期限」と「消費期限」、おいしさの期限?を表す賞味期限、食品の傷み期限をあらわす消費期限。これは健康にかかわる大切なことなので、極端にいれば「消費期限」さえしっかりしていればそれでいい。賞味期限を守るためどれほど日本中が苦労を重ね、コストをか

けていることか。

 

 今回もコロナ危機において、今まで見えなかったことが見え出した。

良い機会なのかも知れない。

 

 ネガティブでなくポジティブにとらえたい。家庭、職場、世の中・・・無くてもたいして困らないものがたくさんある。

 

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■「環境破壊が感染症を生んだ」に納得す

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 地球をずいぶんイジメてしまったのではないか。最近のあのアメリカの山火事、尋常ではない。途方もない広大な地域を焼きつくす山火事、いつ消し止められるのか。

 

 そもそも消し止められるのか?猛烈な火はそこに生息する動物、植物も、微生物もすべて焼き尽くして近くの民家を襲う。

 

 一方、干ばつで土地にひびがはいり、植物がだめになっている地方。当分雨も期待できないらしい。

 反対に、豪雨がいままで考えられないところに津波状態で襲う。北極の凍土が解け落ちるのはTVでよく見る光景だ。

 

 地球が痛み、悲鳴をあげているのは納得できる話だ。アマゾンの原始林大量開発は生態系に良いはずがない。みんな人間の仕業だ。底知れぬ開発による経済暴走。

 

 この種の生態系の乱れは、行きつくところ地球の温暖化をもたらしているらしい。温まって、地球はあらたなウイルスが育ち勢力をのばしていくとも。

 

 地球の温度が下がると(それも1度~2度)、生存するウイルスは死滅し、また新たなウイルスが現れる。いつになってもウイルスは形を変えて発生し、消え去ることは無いようだ。

 

 この「環境破壊」、言われて久しい。経済成長は環境破壊を伴うのか?環境破壊は経済成長に必然か?どうもおかしい話だ。そこに人類の安全、安心がない。「人の危険」が出てこない、本末転倒の話だ。

 

 この話題、喫緊の問題として地球から投げかけられている。

 

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■働き手大移動(コロナ痛手業界から 人手不足業界へ)

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 ハローワークを覗いてみた。なんと、求職者であふれていた。こんなにまでコロナの影響が出ているとは・・・。コロナは業種・業態の変化を求めてやまない。

 

 葬儀業界は全くその様相を変えた。お別れが出来ない。高齢者施設では入居者と会えず、写真を見せられてやや納得する。イベント・行事は中止、延期、縮小。電車の最終電車は早目に終了。

オフィスはもっぱらリモート、そして在宅。

 

 とにかく密を嫌う。人の集まるところは遠慮、これからの世の中・世界を暗示しているのではないか。

こんなに感染症が生き方に制限を加えてくる脅威とは、正直思っていなかった。

 

 甘かった、すぐ制圧できると軽く踏んでいた。

 

 ところがところが、ワクチンが出来ても完全制覇とはいかないだろう。

また新種のウイルスが発生する。それがペスト、スペイン風邪など歴史に教わるところである。

 

 まあ収束はずっと先と考えた方が良いのかも知れない。マスクが手離せない生活が続く。

 

 サラリーマンの職場換え、働き方の変化も余儀なくされる。必要な仕事に必要な人材を、いよいよ終身雇用とはいかない雇用変化をもたらし始めた。

 

 これどう見るか。マイナス面ばかりではあるまい。むしろプラス面が多いのではないか。

痛みを伴う脱皮だ。苦しいが耐え変化していくしかない。

 

 私は思う、この変化は大から小、量から質がキーワードだと。ホームランより単打の積み重ねがこんな時は必要なのかも・・・。

 

 

 ■「空気を読む」と「忖度」

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 忖度の言葉がずいぶんと聞かれるのがここ数年、とりわけ総理の言葉

の言外の心理を察し意識と行動とが話題となった。忖度はあくまで、お

もんばかって、との範囲で、忖度して行動に移すのとは違う。

ゆえに忖度して行動したという問題の禍根であろう。

 

 一方、空気を読むとはその場の雰囲気の流れを読んで「場違い」を排

除するものであろう。その場に合わせる、相手の意に合わす・・・も、

おそらくそうであろう。

 

 ニッポンは「おもてなしの心」に特に秀でている、と言われ、私たち

もそうであろうと思っている。

忖度するとは良い事か、あるいはあまり褒められたものでないのか?

最近考えてしまうことがある。

 

 何故か?それは、時と場合によるようだ。平時というか、ことさら問

題なき時は穏やかな方が良いに決まっている。その方がゆったりしてい

てお互い理も進む。

 

 昨日、ある工事契約の場に立ち会った。工事契約の請負建築士の言葉、

「肝心なところは私は忖度しません。この方が良いとあらば意見を述べ

ます」と。

 責任ある建築士として好感をもった。同時に相手を思うばかりに主張

しない専門家になっていやしないか、反省を促された思いがした。

 

 ディベートで鍛えら

 ■にっぽんの食文化「発酵食品」に驚く

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 先日早朝、NHKラジオで発酵博士・小泉武夫氏の講演を聴きました。

(ニックネームは「発酵仮面」らしい)改めて、発酵食品のもつ偉大さを教わりました。

 

以下、要旨のみですがご紹介します。

 

・免疫力アップがこのコロナ禍、喫緊の課題(身体の内側からアップする)

・ワクチンはワクチンとして置いておいて、大腸の機能アップ(免疫力の大部分は大腸で造られる)

・まずは味噌・とうふ・漬物・納豆・大豆・・・「わかっているつもりでしたが」

・コロナが欧米に多い訳は?発酵食品文化のあるニッポン・韓国・東南アジアとの差

・国内に目を移すと、東北6県は漬物文化があり、免疫力高い

・発酵で町興し 秋田県横手発酵の町 千葉県 神崎(こうざき)

・キムチは偉大 発酵は生き物

 

 その他米麹の話もありました。すべて興味ある話で、小泉先生のキャラクターと相まって笑いを誘う講演でした。

 

 実は昨夕に今度はNHKTVで、免疫力アップのニュースがありまして、発酵食品の効用を取り上げていました。

 

 コロナの終息はいつになるかわかりません。ワクチンもさることながら、内面から(発酵食品と大腸の強化)がウイズコロナの要諦と合点が行き、腑にストンと落ちました。

 

早速、免疫力アップ生活に入りました。

 

■バカげて面白い「まくら投げ」

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 かつてやったなあという人も多かろう。あの修学旅行のまくら投げ。

「先生が来るぞ!」ぴたっとやめて布団に潜り込み、全員寝たふり。

 

 このまくら投げ、何処だったか地方で「町おこし」の為やっているとか。ルールも存在し競技として、確かユニホームは全員浴衣すがた。大将を討ち取ればゲームセット。

温泉旅館の催し、つい笑ってしまう。

 

 子供たちの修学旅行が軒並み中止と聞く。近年いかにも派手でデラックス修学旅行になったが、近場で良いではないか。名所旧跡巡りあるいはディズニーランドではなにか充分でない気がするのだろうか。

思いっきり楽しんでコミュニケーションして欲しい。思い出を造って欲しい。

 

 後世になってこの令和2年、コロナに翻弄された令和2年、忘れよにも忘れられない年になってしまった。

 

 運動会・発表会・文化祭縮小、中止・・・何か思い出を造って巣立って欲しい。特に仲間と造り上げる思い出は換えがたい貴重な思い出である。

 

 この種の思い出造りはたくさん聞く(教育の一環であろうが)。夜行全校徒歩競争、全校登山・清掃付き・・・何をとっても面白い。

 

 あまる。

■どうしても「コロナ禍」のせいにしてしまうが・・・

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 新型コロナはいろいろなことを考えさせて、生活に不自由を強いてい

る。

商売も上がったり・・・閉店に追い込まれるところも出てきている。

 

 でもこれはまだ序の口かも知れない、年末はどうだろうか?来年もこ

のまま・・・?見通しゼロ、闇の中、不安が尽きない。

 

 さてマイナス面ばかり探るといっぱいありすぎて手に負えない・・・

そうだろうか?何か考え違いはなかったか?このままで良いのか。

 こんなにウイルスにてこずるのか、恐怖は尽きない。

 

 万物の霊長である人類が負けるはずがない、何しろ生物の頂点にいる

人類が。

思うがまま、やりたい放題、傲慢・・・過ぎたのではないか。

人類のもっともっと以前から生殖していたと言われるウイルス群。

人類に謙虚さと奢りがあったとも思えるが・・・・・。

 

 どうだろう。地球への優しさ、いたわりも忘れがちだ。北極の氷の3

分に1が溶け出し、CO2も吐き出したまま、海洋プラスチックも大変

だ。地球が「いい加減にしろ」と怒り出すのではないか。黙っているか

らついつい甘えてしまった。

 

 先ほどのウイルスもみんな繋がって連鎖している。地球という同じ土

俵に座して活きている。ともに生きなくては続かない。

 

そんな反省をしながら模索の毎日が続く。

 

 

■「家屋あって家庭なし」

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 コロナは早く消え去って欲しいのは、皆同じ思いだろう。今年はコロ

ナ禍を考えない日は一日もない。会社も家庭もやりくりは限界まで来て

いる。

 

でもこれにとどまらない。大変になりそうで不安は尽きない。

 

 考えてみれば、いままで余分なことをしていたと思うこともある。

満員電車で通学、通勤も激減し、その分時間に余裕が生まれた。テレワー

クも、やってみれば「これは使える」と一気に拡散した。これで十分と

はいかないが「そこそこ使える」。

 

 なにしろ時間が造れたのは嬉しい。家庭回帰現象が進んできている。

そんな中、家庭をしっかりゆったりと憩いの場で保ち続けるのも結構難

しい。

 

 あまり経験してこなかったこの家庭尊重は、家族の協力(思いやり)

が何より基礎でベースとなる。

 

 かつての家族主義とは全く異なる社会の前にたじろぐ。家族文化を復

活できるか、菅総理はその就任演説で、公助・共助・自助、その「自助」

とは、一人一人は勿論のこと、家族、ご近所の力をいかんなく発揮して

欲しいと訴えた。

 

 個の尊重し過ぎは、社会の潤滑油・家庭を崩壊寸前に追いやった。こ

の力のロスは変えがたく大きいのではないか?

 

 最近、西洋文化と東洋文化、とりわけ日本文化との違いを思うことし

きりである。

■好況:解体事業 廃棄事業

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 時代の反映か、店舗の廃業による解体・整理、ビルの建て替えによる解体、事務所内装改装など、この種の業種の仕事が急増しているようだ。

コロナによる事業の縮小が進んでいるようだ。

 

 新装開店とは逆で悲哀がともなう。実はこれ元に戻す(スケルトン)ため、かなりの費用を要する。それでなくとも資金が底をついているのに、にっちもさっちもいかず、やむを得ず店を開けている場合もある。

 

 企業や店にも生死がある。止むを得ざる世の常でもある。

 

 ここしばらくはスクラップ&ビルドの「スクラップの部分」が進むだろう。行け行けのビルドの時代からスクラップの時代に移ってきている。

 

 山あり谷あり、諸行無常、あらためて知らされる。いつも教えてもらっている「最悪の事態を考えつつ、行動をとること」わかってはいるが・・・。

 

 人間だもの・・・しかし山も続かないが谷も続かない。ずっと暗闇は続くものではない。

朝の来ない夜はないという。必ず夜は明ける。

ウイルスとは共存が続き、きれいスッキリとはいかないだろう。

多かれ少なかれこの状態が続き、密の排除もステイホームの意識も当分消えない。

 

 「不用不急」って何だろう。いろいろ考えてしまう。ほとんどが急を要する大事な仕事ではあるが、今でなくても良いものもあった。

 コロナ禍は、たくさんの事を私たちに突きつけ「そのままでいいのか?」と問うている。その意味で苦難ではあるが、良い機会と捉えねばならないのだろう。

また、そういった考えた方が結果として好結果を招くのではないか。

 

 要はコロナ禍に向き合う姿勢、考え方が大きな差となるのではないだろうか。

霞が関の役人は、率直に言って国民・私たちがどう考えているかより、自らの保身を優先させているかに思える場面が多々あります。淀んだニッポンのシステムを変える第一は、この行政改革ではないでしょうか。どこかで誰かが得をしている、これはいけません。

 

私は思います。本当の政治家は耳障りの良いことより、耳の痛い事を指摘し、身を挺してリーダーシップを発揮する人が、真に信頼でき国政をゆだねることが出来ると思うのです。

 

これからのニッポンは沢山課題が押し寄せてくると思います。

もう先送りは出来ませんし、また次世代頼みでは無責任過ぎます。

その意味で私たち自身がもっと厳しく、また賢くならねばならないのでしょう。

 

■新総理はやってくれそう

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菅新総理がスタートしました。私は大いに期待しています。ニッポンが変わっていくと思うのです。それは一言で言えば 行政の簡略化、いわゆる行政改革です。(古き話題ですが)今度はデジタル庁が加わり後押しします。

 

加えて縦割り行政の打破です。前例踏襲の打破も総理のやる気が伝わってきます。

「現状を変える」これはものすごいエネルギーを要すると思うのです。

 

反対する既得権益を守ろうとする一派と戦い、血を流さねば達成できません。

世の中が変わり、国民の多くはこの改革を期待し応援しています。

 

霞が関の役人は、率直に言って国民・私たちがどう考えているかより、自らの保身を優先させているかに思える場面が多々あります。

淀んだニッポンのシステムを変える第一は、この行政改革ではないでしょうか。

どこかで誰かが得をしている、これはいけません。

 

私は思います。本当の政治家は耳障りの良いことより、耳の痛い事を指摘し、身を挺してリーダーシップを発揮する人が、真に信頼でき国政をゆだねることが出来ると思うのです。

 

これからのニッポンは沢山課題が押し寄せてくると思います。

もう先送りは出来ませんし、また次世代頼みでは無責任過ぎます。

その意味で私たち自身がもっと厳しく、また賢くならねばならないのでしょう。

 

■検査入院を体験して
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1週間の検査入院から昨日退院した。命にかかわることでもないので多少気は楽ではあったが、やはり病院と聞くと気が重く緊張もする。

まず感じたことは、お医者さんは大変なお仕事であり激務、看護婦さんも然り、携るすべての医療従事者、ひとつのミスをも許されない。

念には念の入れての執拗な検査が続く。

 

敬意を表するし、命を預かる職業の緊張感が伝わってくる。崇高な仕事であり、誰にでもできるものでない。

ただ、私の感想としては、高度な医療器械を駆使しすべてが器械判断、フルスペックの検査を施術しているのであろうが、ちょっと物足りなさを感じてしまった。(それは人間味のある人間の判断の余地はないのか、という点で)フルスペック検査体制なので、高度な医療器械は些細な異常値(?)も見逃さない。

 

するとまた別の診療科に回る。ちょっと変だ、となればまた次の科へ。

ウィークポイント、問題有り・・・まるでいささかのミスをもしない、してはならない組織なのか(当然と言えば当然であるが)・・・何か医療事故賠償が常に念頭にあるみたいで、少し残念で先生が可哀そうにもなった。

 

もう少しゆるやかでやさしい余裕のある医術を望むのは贅沢か?

「病気を治すのは医師ではない、患者本人だ」の言葉、現今のコロナ禍いろいろ考えてしまった。

何はともあれ免疫力アップは自分で出来る、頑張ろう。

 

■9月に入りました

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本当に暑い夏でした。まだ暑さは緩んでいません。

でも、朝、晩、どことなく少し風に秋を感じる時があります。夜空の月にも。

 

今年はコロナ恐怖の中の8か月でした。まだまだ続きます。

マスクを着けた暑さは耐え難いものがあります。

 

自粛生活もあまりストレスにはなりません。そんなに不便を感じないという意味です。余裕のある時間を過ごせます。(今まで何だったんだろう?)

 

今年の前半は、災害も忘れられません。河川氾濫、竜巻・・・思ってもみないこと、と被災者は口を揃えます。いまだこの炎暑のなかの避難生活の方は、さぞかし大変、では言い表せないでしょう。

 

いつか必ずやって来る大災害。必ず、必ずです。とはいえどこか「わかっちゃいるけど・・・」になっていやしないか?私がそうだからです。

 

「釜石のきせき」普段の(日常の)訓練が奇跡を生む。

「てんでんこ」(まず勝手に逃げろ)も教わりました。

 

9月、今年の9月はいつにない9月、それはまずコロナ対応、政治の(新総理誕生)変化、経済の落ち込みと不安・・・大学、教育界の不安定。問題、課題をかかえての今年後半、年末までがひとつの一里塚でしょう。

 

■TV番組、新聞が面白くない

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主観的意見をお許しください「最近のTV番組おもしろいですか?」

「新聞はどうですか?」

バラエティー番組ワッハッハ、笑っているのは出演者だけ、何もおかしくないのに。私は見ません。正直ばかばかしくて。

それにコロナの影響で、アーカイブや過去の映像そのままが多いのも理由だ。

 

新聞も負けていない。私はやはり活字が好きなので新聞を読む(電子はなじめない)が、論調に深みがないというか、週刊誌的話題に終始してしまっており残念極まりない。

これではTV、新聞の凋落は否めない。厳しく言えば「努力不足」であろう。

 

今、世界は一発触発の状態が続き、何が起きても不思議ではない、と言っては悲観的過ぎるだろうか。

太平洋戦争(大東亜戦争)は石油の輸入禁輸から苦し紛れの戦争への突入であった。

今、アメリカと中国はこれと似たような、相手を困らせる手を次々に繰り出し、エスカレートしている。台湾と中国だって緊張状態にある。

 

香港もそうだ。

市民の主張デモは小さくも偉大な力となる。

コレでもか、これでもか、が怖い。どうあがいてもニッポンは他人ごとでは済まされない。

 

一番大切なニッポン国家を放っておいて国民は存在しない。

 

■苦難の真只中に不謹慎かも・・・

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令和2年。大雨による災害、地すべり被害、いくつもの河川が氾濫した。

 

でもなんと言ってもコロナ、あれよあれよの間に静かに、しかし甚大な被害をもたらしました。

いやこれから予想される被害は、それこそ想像を絶するものと思ってしまいます。

 

こんな時、思い出してしまいます。それはあのケネディー大統領就任演説です。時に42歳、「国民の皆さん。国が何をしてくれるかではなく、国に何ができるかを、皆さん考えてください。」

 

今、ニッポンは国難の中にあります。国民みんなが苦痛を味わい、観光業はストップしてしまいました。レストランもお客が来ません。イベントもほとんどが中止や延期で、楽団奏者は収入がありません。数え上げれば数多に影響大です。

 

困っている事情は良く分かります。持続化のため給付金が出ました。

これはこれで、そうあるべきだと思います。しかし「まだ足りない、どうにかしてくれ」「もっとくれ」これにはちょっと閉口です。

あのJFケネディーの言葉は痛く、犠牲を伴う言葉ですが、真実で新鮮です。

 

ニッポンは今、有史以来の国難に直面していると思うのです。大げさではありません。

根底にはわれわれ国民の自分勝手、利己心、わがままが内在していると思えてなりません。コロナは身体をむしばみ、心もむしばみ浸食しています。

 

8月はお盆月、先祖が帰ってまいります。先祖に恥ずかしくない私でありたいと思うのです。

 

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